あれは小学校低学年の頃。
8歳くらいかな。
楽しみに観ていたテレビドラマがあった。
「天皇の料理番」・・堺正章さん主演のドラマだ。
堺さんが演じた役は、秋山徳蔵氏がモデル。
「天皇の料理番」と言われた人である。
宮内庁(当時は宮内省)大膳職の主厨長を長年勤めた方。
秋山氏は宮中に初めてフランス料理を持ち込んだ方なのだそう。
このドラマがすごく良かったんだなぁ。
子供だったけどすごく心に響き、涙して観ていた。
カツレツを初めて食べた徳蔵は、その味に感動。
西洋料理の料理人を志し、上京する。
その後、西洋料理を勉強するためフランスに渡り、修行。
明治という時代にフランスへ行く・・。
並大抵の意思や努力じゃなかったはず。
事実、差別や厳しい(厳しすぎる)指導もあったとのこと。
だがそれに耐え、料理の腕を認められるまでになっていく。
帰国後、宮内庁の大膳課に入り、やがて主厨長に就任・・。
この大きな流れに沿って、徳蔵を取り巻く人間模様や彼の成長する
さまが描かれている。
仕事とは人生とは・・今もそうだけど当時は子供でさらに分からない。
だけど、このドラマを見て確かに何かを感じた。それは・・。
人が熱情を持って何かをなそうとする姿。努力。
高いこころざしとあきらめない心、へこたれない強さ。そして弱さ。
これら全てが仕事や人生で大切なことであり、偉大なことなんだ・・。
今、言葉にするとこういうことだと思う。
当時はもちろん、こんな風にはっきりとは分かってない。
だけど胸が熱くなり、涙が出る・・という感じだった。
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今回ご紹介する本・・。
「昭和天皇のお食事」を書かれた、渡辺誠さん(2003年逝去)。
昭和天皇、今上陛下、皇太子殿下の三世代にお仕えした方である。
宮内庁大膳課厨司の職にあり、秋山徳蔵氏のもとで働いていた人だ。
昭和天皇や皇族の皆様が、どのようなお食事を召し上がられていたか。
日常や行事ごとのメニューはもちろん、大膳とはどういうところか、自ら
が料理を生きる道と定めた経緯、生い立ち。
修行時代(渡辺さんの修行時代の厳しさもすさまじい・・。)のこと、環境
などなどが丁寧に書かれている。
昭和天皇のエピソードから。
柏餅がお食事で出された時のこと。
供進所にいた渡辺さんの耳に「美味しくない」という陛下のお声が聞こえた。
原因をあれこれ考えながら下がってきたお皿をみてみると・・。
柏の葉の葉脈だけがきれいに残されていた。
「お皿に盛り付けるものは、すべて食べられるもの」という天皇家の流儀を
忘れて、そのまま出してしまった渡辺さん。
葉を開いて中の餅だけ食すという習慣がなかったため、陛下は桜餅と同じ
ように、柏餅もあの硬い葉っぱごと召し上がってしまった・・。
質素に、と普段から贅沢を慎まれていたので、一度手をつけたものは最後
まで召し上がられた、ということのようだ。
渡辺さんは課長から大きな雷を落とされたそう。
その他、イチゴジャムのサンドイッチやさつまいもがお好きだったこと。
ご朝食は毎日洋食であったこと、などなど。
渡辺さんは自らの失敗談も交えつつ、色んなエピソードを楽しく紹介して
くれている。
昭和天皇の心あたたまるエピソードの数々・・。
そのことを書く筆致に特に表れていたのが、敬慕する心。
心から尊敬し、お仕えできることに誇りを持っている・・それがよく分かる。
開拓者とも言える秋山氏ほど大きな波乱万丈はなかったかもしれないけれど。
同じように料理を一生の道と決め、皇室の皆様にお仕えしてきた渡辺さん。
限りない敬慕の念を持って、食される料理を作り、食べてくださることに最上の
喜びと使命を感じていた渡辺さんの、温かい心・精神が伝わってくる一冊だ。
○「昭和天皇のお食事」 渡辺誠<文春文庫>
皇室の皆様の召し上がられるお食事・・我々とは違う極上品を
贅沢に使われている、というイメージがあるかもしれない。
だけどそれは事実と異なる。
私達が普段食べている食材と変わらない、だがきちんと吟味さ
れたものを使い、一流の技術を持った料理人が調理して供され
ている事が、この本を読むと分かる。
本作では、渡辺さんが昭和天皇にお仕えしていた18年間の出
来事、メニューの一部を中心に記されている。
伝え聞きや噂などでない、直接宮内庁で働いていた人がより正
確に伝えたいという気持ちで書かれた本・・というのが貴重だし、
とても興味深い。
~おまけ~
堺正章氏はこの「天皇の料理番」と「西遊記」という、私の好きな
二つの名作ドラマに出演されている方である。
「天皇の料理番」で、格好良い人が出ているなぁと思って見てた
のは、今作がドラマデビューだったという、明石家さんま氏。
今でこそイケメンのお笑い芸人さんは珍しくないけれど、当時は
「この人お笑いの人?」と、後で知って、ちょっとびっくりしたのを
覚えている。
このドラマで一番記憶に残っているのは、晩餐会のエピソード。
堺氏ふんする徳蔵が肉料理を作り、お客様にお出しした後で大
変なことに気付く。肉を縛るために巻いた「たこ糸」を取っていな
い皿が1つ運ばれてしまったのだ。
どのお客様に渡ったのかも分からない・・。
決死の覚悟で報告と謝罪をするため昭和天皇のもとに行く徳蔵。
この時かけられた言葉・・私のだけだったなら良かった・・。
(確かそういう内容の言葉だったと思う)不幸中の幸いというべきか
その皿は天皇陛下に運ばれていた。
昭和天皇は、招待客に同様のミスがなかった事を知り、徳蔵を責
めることなく、お許しになる。
天皇陛下の寛大な処置と、徳蔵の仕事に対する命がけの姿勢。
両方にじーんと感じ入りました・・。