どんな自分も

人間は多面体。だから
すべてを好ましいと思うのか、
すべて知ることができるのか、
分からない。でもきっとそれが
通常だと思うし、それでいい。

そんな中、
プリズムのように様々な光を
放ちながら生きている人を見て、
そのどの光をも好きになるだろう、
という予感を持つことがある。

まぶしい光だけでなく、
翳りすら愛おしく思えるような。

それはその人といる自分、
その人を想う自分を、
自分が好きでいられるかどうか。
で分かるのではないか。

すぐにそうと分からなくても、
その人がそうであるならば、
しばらくして気づくだろう。

自分が自分で良かった、と。
今まで生きて体験してきたこと、
無駄じゃなかった、と。
あのこともそのことも、
今このためにあったのか、と、
自然に納得するような。
苦しみが希望に変わるような。

どんな自分も、
これで良かったのだと、
思わせてくれる人。

どんな自分も、
好きでいさせてくれる人。

そういう出会いがあったなら、
その出会いを、その人を、
大切にしたい。なによりも。

その人はきっと、
自分に必要な人だから。
自分にとってかけがえのない、
特別な人だから。

自分に必要で特別な人は
きっと目の前にいる。

物理的にそうでなくても、
心の中に浮かぶ人がいるなら、
その人がそう。だから。

どんな自分も好きでいられて、
どんな自分も好きでいてくれる、
という人がいたら、
その人のこと、どうか大切に…。
それは、自分を大切にすること
と同じだから。
自分を大切にすることは、
その人の喜びでもあるから。

どんな自分も大切に。
その人を大切に想うのと
同じように。

そう。
どんな自分も大切に。ね。