おいしそうなタイトルだな、と思った。
山本容子さんの装画も素敵。
タイトル&ジャケ買いした「月と菓子パン」。
石田千さんの身辺いろいろ、を綴ったエッセイである。
ゆるりとしてあたたかい中に、綺麗な芯が一本すぅっと通っている。
そんな印象を受ける、今まで触れたことがない感じの作品。
読了して感じたイメージを食べ物に例えると・・。
良い具合に塩が効いてるあったかぜんざい。
絵に例えたら、色鉛筆で描いたレトロ調のイラスト・・。
初めてなのに懐かしく、心地よいのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まず、書き出しが良い。
ふいに、ぽんっと置かれたような文章。
だけどその一文だけで、独特の作品世界にすっと引き込まれる。
そこから、徐々に展開・・ではなく。
最初から最後まで同じ濃さの石田さんカラーが続く。
よく練られた丁寧な文章が連なっていて、ひらがなの使い方が印象的。
日本語の良さを、すんなり飲み込むように意識させられる・・。
相手にではなく、自分に語っているような、そのあり方が妙に良い。
エッセイというより「随筆」とよびたくなる、古風な風合いがある。
心にふっとひっかかる比喩もいろいろ。たとえば・・。
”ぼんやり甘く水っぽい。放ったらかしの味がする。”枇杷の実。
ゆでた豆は”寒い晩に、頬の力が抜けるような味がする”。
”赤ちょうちんの、すりよるような優しさをすこし重たく感じるとき”・・。
”こうばしいきいろの毛糸”をくるくる巻いて、駒場のいちょうを思い出し。
”塩からい色気が出てきた”猫のチャチャ姐さん。後姿は”動く浮世絵”。
作者のゆっくりと、しかしくるくるよく動く視点が捉えた街の表情は実に豊か。
なんでもない日常、いつもの街。
家族、友達、顔見知り。飼い猫、野良猫、知らない人。
これらすべてに接して感じた気持ちを、いとおしさに包んで持ち帰る。
そしてそれを取り出しながら、ひとつひとつを丁寧にぽつぽつと置き並べて
いったような・・。しっとりした佇まいと充実感を持っている。
「月と菓子パン」は、文体の印象が新しく、受ける感じが懐かしい・・。
新しくて懐かしい随筆だ。
○「月と菓子パン」 石田千<新潮文庫>
石田千さんの第一作品集。「まるいおもち」に出てくる三姉妹の
おばあちゃんが可愛らしく、「食べ歩き春秋」のパンやコロッケ・
中華まんも、分かる分かるーだし、「ともだちごはん」のあったか
さもいいんです。石田さんの作品は今作しかまだ読んだことが
ないのですが、別の作品(「あめりかむら」と「きなりの雲」)で第
145・146回の芥川賞候補になられていたというのをこの記事
を書いた後で知りました。エッセイだけでなく、小説も注目されて
いるんですね。どんなお話を書かれるのか、読んでみたいなぁ。
石田さんはきっと芯のしっかりした、でもふんわりと柔らかいイメ
ージの女性なんじゃないかなと勝手に想像しています。。