少しずつ、味わうように読んだ、この作品。
「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」。
情景が目に浮かび、感覚(特に嗅覚)をくすぐる秀逸な題名・・。
これは、シャンソン歌手・石井好子さんのエッセイ。
本の帯にもあるように、”料理エッセイの元祖”といえる存在だ。
文庫本になっていたのを発見し、早速購入。
読み進めるうちにわくわくしてくる、これがもう嬉しくて。
すぐ読み終えるのがもったいない感じ。
レシピを読みながら、頭の中で一緒に拵えてみたり。
テーブル上の光景を想像しつつ、ゆったりしたペースで読了した。
ごちそうさまでしたと言いたくなるような、心も満足するひととき・・。
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アメリカ留学の後、フランスへ渡った著者。ときは1950年代。
シャンソン歌手として活躍する中、下宿先、街のカフェやレストランで
仲間と楽しんだ料理の数々を振り返り、紹介してくれている。
軽妙で気取りがなく、リズムの良い文章。
思いつくままに書き連ねた、という気軽さを読み手に感じさせてくれる。
それが良い・・。気負いなく読める、というのも大きな魅力。
今から60年前のフランスなどの国々、料理、思い出を綴ったこの作品。
50年前に出版されたとは思えない程、今読んでも違和感がない。なぜか。
「食べる」ことで人が感じる普遍的な喜び・楽しさを描いているから、だろう。
ひとりの時、仲間や家族と集った時、そこにおいしい料理があれば。
楽しくて忘れられない”思い出”が生まれるところになる・・。
それはとても幸福なこと。
戦後まもない頃というのを忘れそうなくらい、作品中に漂う明るい雰囲気。
今現在みんなが知っている料理が色々出てくる・・。
これらも、読んでしっくり馴染む理由だと思う。
オムレツ、ハンバーガー、フォンデュ、ポトフ、ニョッキ、パエリアなど。
今では世間に浸透している、これらの料理。
わぁおいしそう、ちょうどレシピも書いてくれてるし、作ってみよう。
と当時、この作品を読んで作った主婦も結構いたのでは。
これらを提供するお店も増えていっただろうし・・。
外国の料理を初めて知る。読んで作ってみる。味わう。
こういう喜びを与えたという意味でも、この作品は「元祖」なんじゃないか。
市民権を得た料理ばかりでなく、ヴィベールの卵、プール・オ・リなど。
えー、これなんだろう・・と今でも新鮮に感じる料理も出てくる。
だけどほとんどが簡単に出来て、レシピの記載もある。
試行錯誤したことや失敗談までさらっと書いてあって。
親しみやすさを感じるし、参考にもなる。
本の題名だけでなく、各章のタイトルも味があっていい。
「また来てまた見てまた食べました」
「外は木枯 内はフウフウ」
「紅茶のみのみお菓子を食べて」
「作る阿呆に食べる阿呆」
・・などなど。
著者の筆は国と国とを自由に行き来している。
読み手の私達を、時間も空間も越えた楽しい「食」の旅にいざなってくれる。
文章だけで五感を刺激され、豊かな心持ちになれる作品。
「元祖」の魅力をぜひ味わってほしい。
○「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」石井好子<河出文庫>
2010年に逝去された石井好子さんの名著で、日本エッセイストクラブ賞
受賞作。題と同じ名の章では、フランスの下宿先のマダムが作ってくれた
オムレツの話からはじまります。これを特別おいしいと思った・・という著者。
”中身がやわらかいひだひだで舌ざわりがよかったこと。バタがたくさん
入っていたから味がよかったこと。そして焼きたてをたべたこと。”これらが
そう感じた理由だとのこと。読んだだけで、おなかが鳴りそう(笑)。
写真やイラストがなくても、文章から匂いたつ「おいしさ」に魅了される作品。