今年の初め頃、また素晴らしい本に出会った。
というか、素晴らしい人に出会った。
だがその人はもう、この世の人ではない。
昨年末お亡くなりになった、ということはニュースで知っていたが、どうしてもっと早く
この人の作品に触れてこなかったのかと、久々に痒いようなじれったさを感じた。
自他を見つめる冷徹なまでの眼。鋭く、潔く、ユーモアのある文章。
なんて格好良い女性なんだろう!と惚れてしまった。
亡くなられても、書かれた本は残る。そして何度でも出会うことができる。
これこそ本の醍醐味であり、とても幸せなこと。
おかげで旅立たれた後でも、出会うことができたのだ。
読む度に尊敬と敬愛の念がわきあがるその人の名は、「高峰秀子」。
子役として人気を博した後、女優として数々の仕事をし、晩年はエッセイスト・文筆家
として活躍され、著作を残されている。
高峰さんの本にはまってしまってからというもの、書店の棚にその名を見つけては
買い求めた。
「おいしい人間」では高峰さんと親交のあった方々について書かれている。
読み進んでいくうちに、その方達のことをまるで自分が昔から知っている知己であるか
のように感じ、つい微笑んでしまう。
実際には知らない存在(または名前だけ知っている有名な人物)を身近に感じることが
できる・・、それはひとえに高峰さんの温かい視点と、ユーモアたっぷりで親しみある筆
の力によるものだろう。
いやみなく、あれだけのキャリアがあるのに自慢の臭いを一切感じさせず、すぱっと
小気味良くて品がある。
高峰さんの著作は、共感を引き出すだけでなく、高峰さんの美意識に貫かれた生き方
へと読者の目を向けさせる。
共感し、心掴まれ、到底追いつけっこないや・・ふぅ~とため息をついてしまう憧れの人。
稀有な魅力にあふれた人であり、文章なのだ。
養母(ようぼ)との確執、仕事の話、その中で出会った人々の話・・。
軽妙で深く、冷静だけどその実、暖かく、へんな意味での女性くささが一切ない、
おっとこまえ!の文章に、ぜひ触れてみて貰いたい。
自分が悩んでいることなんてまだまだだ、これだけのことを経験し、くぐり抜け、すっきり
と潔い人生観に到達した先輩がいたんだ・・と、文章を楽しみながら、生きていく力も
むくむく湧いてくる。
共感しながら限りない憧れと尊敬の念を抱かずにはいられない女性・・。
高峰秀子さんの著作、おすすめです。
○「わたしの渡世日記」(上・下) 高峰秀子<文春文庫>
・・日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
高峰さんの半生~生まれた時から結婚するまで~を、こんなこと
まで書くんだ、というくらい筆を抑えることなくさらけ出し、重く辛い
内容でもすがすがしささえ漂う筆致で語られている作品。
当時のスチール写真なども多数掲載されていて、特に結婚式の
写真が素敵。
○「おいしい人間」 高峰秀子<文春文庫>
・・高峰さんの交遊録が楽しい。
大河内伝次郎氏との思い出「私の丹下左膳」(大河内氏と正やん
のエピソードが泣ける)、「お姑さん(おかあさん)」では、夫である
松山善三氏の母に貰った言葉と、最後に紹介されている谷崎潤
一郎氏の短歌=われという人の心はただひとつ われよりほかに
知る人はなし=が心に響く。
その他「台所のオーケストラ」「コットンが好き」「にんげんのおへそ」
などなど、どれもこれも良い。好きです。。