人やものの良さ、美しさを引き出す ~私の役割を宣言する~

小学生の頃、
担任の先生がこんなことを提案した。

数日間、
クラスメイトの誰か一人に注目し、
その人のいいところを見つけて、
皆の前で発表しよう、というもの。

誰を対象にするかは、くじ引きで決定。
各自、誰のいいとこさがしをするかは
発表するまで内緒というルールだった。

自分が誰の「いいとこさがし」を
したかは忘れてしまったのだが(笑)、
私のいいとこさがしをしてくれた子の
ことは覚えている。

とてもおとなしく、
いつもふんわり微笑んでいる、
優しい女の子。

その子が見てくれていたのは、
登下校中の私。
そんなちっちゃなことに注目して
くれてたの?という内容だったと思う。

自分では気づきもしないところ。
え、こんなところが長所だなんて・・
と驚くような、
自分にとっては当たり前の
習慣や考え。行動。

それこそが、
かけがえのない「いいところ」であり、
自分らしさなのだ。

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もしかしたら、
それからかもしれない。

私が無意識に、瞬時に、
または話しながら、
相手の「いいとこさがし」を
するようになったのは。

とくに不当に貶められた人や、
気が優しいばかりに、
つけこまれている人。

そういう人を見ていたら、
元気付けたくなる。

こんなにいいところがあなたにはある、
あなたらしさがある、と。

優しく素朴な心を持っている人は、
そのピュアさを愛(め)で、
護るべき対象だ。
綺麗なたましいはこの世の宝だから。

そこに甘え、
もしくは悪意をもってつけこみ、
その人の自信をはぎとり、おとしめ、
コントロールしようとする人がいる。

そんなの最低だ。許せない!
と自分のことじゃないのに、
メラメラ炎を燃やしそうになる。
(心の中でだが・・。
おせっかいだと自覚している。笑)

だって必ずどこかしら、
いいところってある。
それはこの世の真実であり、事実だ。

あなたはいつだって素晴らしいし、
あなたには素敵なところがこんなに
ある。そう言いたい。

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「人」に限らず「もの」でも同じ。

今、私がライフワークとしている
「食べ物写真」の撮影もそう。

食べ物それぞれが、
誰かを思って作られたもの。
もしくは、自然の力で生まれたもの。

それらは人の体を作り、動かし、
維持する働きをする。

想いがこもり、命を宿し、
食べたら跡形もなく消えていく。
だが魂は人の中に残る。

その姿のなんと美しいこと。

美しさをありのままに、
おいしそう!という思いや
感動の瞬間を残したくて、
食べ物の写真を撮っている。

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このようなことから、
「人やものの良さ、美しさを引き出す」
ことを私の役割として、宣言する。

もともと備わっている良さや美しさ。
それらを私なりの表現で引き出す。
自らも体現する。

このことにより、
明るいパワーや幸せな気持ちが
広がっていくといいなと思う。

 

 

 

 

<おまけ>
一昨日は私の誕生日。
なので、私の使命について考え、
宣言してみることにした。

私は「いいとこさがし」は
好きだが、自分さがしは嫌い。
自分さがしって何?
そこにいるじゃん、って思う。

地に足をつけて、日々、
目の前のすべきことをする。
これでいい。
さがすことなんて何もない。

好きなことも、
いちいちさがすことではない。

思わずやってること。
続けてしまうこと。
それが好きなこと。

熱烈に好きなことがなくたって、
毎日は楽しめる。

身近な人を大切にして、
目の前の仕事をしよう。

わははと笑って、よく食べ、
よく眠っていたら、大丈夫ー。。