会いたい人に会いに行け ~共鳴と感電のススメ~

会いたい人にはできるだけ、
会いに行くようにしている。

自分も人も限られた時間を
生きている。

次に・・なんていってたら
いつになるか。
もしかしたら、もう会えないかも
しれないのだ。

という私も偉そうなことは言えない。

今までもう何度も何度も、
いやになるほど、次に・・を
繰り返してきたからだ。

お金はどうとでもなる!
と言えればいいが、
今は財布との相談が必要なので、
いつもではないが、
タイミングと財布の状況が許す限り、
会いたい人には会いに行く。
と決めている。

話したい人、会いたい人には
自分から声をかける。

待つ、というのがそもそもおかしい。
待つって自分、どんだけ有名人なんだ?
と。

相手が自分を知ってくれている
とは思わないし、
注目されているとも思っていないので、
自分から声をかけないと、
なんにも始まらない。

待ってる時間がもったいない。

相手が快諾してくだされば、
すぐ話したり会ったりできる。

今は便利な世の中で、スカイプだと
どんなに離れたところにいる者同士
でも顔を見て話すことができる。

私も最近スカイプで何人かの方々と
お話させて貰ったが、
これはチャットとはまた違った魅力が
あって、楽しかった。

でもでもそんな便利なものがあっても、
やっぱり会いたい。 直に会いたい。

実際に面と向かって、
時間と空間を共有する。
会うってほんとに素晴らしい。

気の合う人、好きな人、
あこがれの人、尊敬する人・・。

その人の発する声、雰囲気と
自分のそれとが共鳴する。

時にはビリビリとくる。
感電するような感激をもたらす
こともある。
(別に怪しい意味じゃなく)

会うとは全身で共鳴することなのだ。

コンサートやライブに行く。
お芝居を観に行く。
テレビでいいじゃないかという人は、
生の、共鳴することの快感を
知らない人だ。

ステージ上にいる人が
たとえ豆粒くらいにしか見えなくても、
場を共有していることには変わりない。

だが、近くで会った方がより強烈に
共鳴できるのは確かだ。
相手と二人きりなら尚のこと。

共鳴しよう、感電しよう。

簡単には会えないかもしれない。
自分のレベルがまだそこまで達して
いないなど。

だが心配することはない。
精進していれば絶妙かつベストの
タイミングで会える。
そういう風になっている。
私はそう信じている。

だから、素敵な人に会える
自分になれるよう、
日々100%かそれ以上で
生きていきたいと思っている。

といっても、目の前のこと、
好きなことを淡々とやるだけ。
積み重ねていくだけ。

寝ころんでせんべい齧ってる
だけじゃだめだ。
棚ボタなんてない。

会いたい人に会いにいけ。
共に話して雰囲気丸ごと味わって、
心に熱い何かを宿したい。

 

 

————————————————————————————–

「僕と共鳴せえへんか」
これはオダサク(=織田作之助)の
口説き文句だったらしく、
彼の作品中にも登場するが、
なんとも秀逸な言葉だなと思う。

生きていることがすでに奇跡なので、
生きて誰かに会うなんてもう・・
楽しくて幸せでしかたない。

そして、ステージ上や壇上から、
客席のみんなの顔って
よく見えるのだ。
一人ひとりの表情まで分かる。
客席の熱を受ける、
客席の情景を見た時の心震える感じ。

これもまた、ともに共鳴し合う
片方の醍醐味。

これからもいろんな出会いを
楽しみに。。