あの人はどう思っているのかな。
そう思うことがある。
だけどそれは、あの人に訊かないと
分からない。
「~~ってことはきっと、
こう思っているのだろう。
ということは、こうだから…
(大体マイナスに考えて)
あーもうダメだ。」
ひとりで考えていると、
こんな風になりがち。だから、
誰かに話したり、相談したくなる。
でも、それをすると、
後悔することが多い気がする。
その人に悪気はなく、
良くあれかし、と思って言って
くれているとしても、
その解釈はその人のもので、
あの人やあなたの真実ではない
から。
私のことで振り返ると、
マイナスが当たることって
そうそうなくて、
本当は良い解釈、
自分が嬉しいと感じる解釈の方が
当たっていることが多い。
本気だからこそ怖くなり、
つい怖れからマイナス解釈に
いってしまうが、
後で振り返っても、嬉しい解釈、
つまり「愛されてたんだー^^♪」
と分かることばかりだった。
実はずっと愛されている、
というのが正解だった。
知人の話で印象的だったのは、
とくに恋愛についての悩みを
共通の友人や知人等、誰かに
話すのは、よく考えた方がいいと。
良かれと思っての助言であっても、
マイナスに働くことが多く、
(意識的、無意識的の両方で)、かつ、
相談相手自身が幸せな人かどうか、
もよく見ること、と。
良かれと思っての助言でも、そう。
そうでないとしたら…怖い。
やはりいろんなことに意識的で、
敏感であることが大事なのでは、
と思う。
本当にその人は幸せなのか。
パートナーシップでもそうか。
流されるのではなく、見抜くこと。
そして判断するなら自分で。
自分の心は答えを知っているから、
それに従うこと。
「~~ってことはきっと、
こう思っているのだろう。」は、
自分の中の思い込みやルール。
あの人=相手もそうだとは限らない。
むしろ違う場合が多い。
目に見えることに注目したり、
一般的な解釈に照らし合わせると、
良い方に思えない場合も
あるかもしれない。
相手に直接訊くなりして
確かめられたらいいけれど、
もしそうできないなら、
自分の心が喜ぶ方を選んでいたら、
たとえ万が一違っていたとしても
後悔はない。そう思う。
正しさよりも嬉しいことを選ぶ。
その人の助言で、自分も
その時はそう思った、としても、
それも結局は「流された」ということ
になりはしないだろうか。
助言を参考にするなら、
それを聞いたとき、
自分の心があたたかくなるかどうか。
明るくなるかどうか。
嬉しいと心や体でも感じるかどうか。
頭ではなく。
いやな感じの「ドキッ」や、冷や水を
ぶっかけられたような感覚なら、
注意した方がいいと思う。
だから、間違っていても傷ついても、
自分が感じたこと、嬉しいこと、
に基づいて解釈して選び、行動する方が
むしろ良い結果に繋がると思う。
自分を信じる。
あの人を好きな自分を。
あの人を信じる。
自分が好きになったあの人を。
それが最も真実に近いから。
真実だから。
できたら直接訊いたらいい。
「あの時、どう思っていたの?」
「なぜ~~したの?」と。
それができていたら苦労はない、
というのも分かる。
本気だからこそ、訊くのが怖い
気持ちも分かるから。
それなら、
少し待っていたらどうだろうか。
不安で怖い気持ちがわいてきても、
相手のことを信じて待ってみる。
相手への気持ちを大切にしながら。
きっと何らかの反応や返答がある。
あなたとの関係を進めたい、と、
相手も思っているなら。
自分と相手じゃなく、
それ以外の人の意見を聞いても、
自分と相手じゃないから
違う可能性の方が高いかもしれない。
もしまわりの人に
本当のことが見えていても、
それを言ってくれるかどうかは
分からない。
だから・・・。
あなたはずっと愛されている。
これをベースに、
自分で事実を解釈してみる。
このプラスの前提でいると、
それが正しかった、という
すでにずっとある現実を知ることに
なるだろう。
—–
あの人はどう想っているのかな。
直接訊けるなら訊く。
訊けないなら、
自分はあの人に愛されている、
という前提で解釈し、行動すればいい。
・・・怖いですか。
違っていたら恥ずかしいから?
傷つくから?
もっと怖いことがある。
それは、ずっと愛されているのに、
その愛を信じられず、受け取れず、
本意ではない方へ向かうこと。
自爆すること。
取り返しはつきます。大丈夫。
邪は放った者に返る。大丈夫。
あなたは愛されている。
ずっと愛されている。
この前提で解釈し、行動する。
その方が良い結果に繋がる。きっと。
あなたは愛されています。ずっと。
あなたも心の奥では、それをすでに
知っているはず。です^^
—-
ふたりの引力は強く、
自然にしていても引き合い、
やがて結ばれる。邪魔さえも
ふたりにとってはプラスの、
いい現在と未来への燃料となり、
すべては愛に包まれ、調和していく。