遠い昔のおはなし

高貴な家の人々に仕える、
一人の女がいた。

貧しい出だったが、
美しく、知性があったので
召し抱えられ、 幼い人を教え導く
養育係をしていた。
年の頃は19~20歳。

そこに時々遊びに来る若者がいた。

彼は15歳くらいだったが、
当時、この年齢は今の成人と同じで、
彼女を一人の女性として意識していた。

彼女は
一生をこの仕事に捧げると決めており、
実家の家族を養わなければならない身
だった。

若者との間に愛を感じても、
仕事を投げ出すことは考えず、
仕事に邁進した。

時代背景からしても、
自由な恋愛は難しかった。それに、
何よりこの仕事が好きだった。

それから若者は親の決めた相手と結婚し、
子供をもうけ、数年がたった。

30代になった若者・・男性は、
男っぷりもあがり、よくモテた。

そんな時、
高貴な家へ久しぶりに遊びに行った。
そこで彼女と再会する。

男性は、
今までいろんな女性と出会い、話をし、
関わってきたが、彼女だけは他の人と
違っていた。

彼女と話していると、
なつかしく、楽しく、はなれがたく、
男性は彼女に会いに行くようになる。

二人は昼間、
外を散歩しながら会話をする。
それはとても楽しい時間だった。

そんなある時、男性は病に伏す。
妻とは結婚当初からうまくいっておらず、
看病もろくにして貰っていないらしい。

それを耳にした彼女は、心を痛め、
お見舞いに行きたいと思ったが、
様々な事情がそれをゆるさなかった。

男性が回復してしばらくしたとき、
彼女と会う機会ができた。

その時、
彼女は桃の花束を持ってきて、
彼に渡す。

そして言った。

「あなたが病気になったと知ってから、
ずっとお花を贈りたいと思っていたの。
これを受け取ってください。」

彼はもう回復し、元気になっていた。
通常なら「え、今ごろ花って・・」と
戸惑うかもしれない。

だが彼は、
彼女の真心と純粋な心を受け取れる人
だった。
そういう繊細な感性を持っていた。
彼女同様に。

そして言った。

「ありがとう。
今度生まれ変わって一緒になるなら、
あなたがいい。」

彼女はとても嬉しかった。

だが照れてしまい、
「またまた。そんなこと言って。」と
笑顔で、
彼の言葉を冗談にして受け流した。

私もそうです、と言えないまま。

その後すぐ、彼は若くして亡くなる。

彼女は、まわりの人から
「彼はあなたのことを
すごく好きだったんだよ」と聞いた。

あの言葉は本当だったんだ。

私も好きです、同じ気持ちです。
そう言えたら良かった。
彼が生きているときに。

彼女は、
一生独り身で高貴な家に仕え続けた。

そんなお話。