継続できるのは -楽しいから-

見てろよと未来の自分に言う時 自分に対し闘志を燃やす
こうしよう 決めたことには”とことん”と”こつこつ”の両方が必要

「継続できるのは -楽しいから-」

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◎創作ノート<解説>
継続できないとか、途中で挫折した等の嘆きって、ダイエットや日記でわりとよく聞く言葉です。どちらも、続かなくても本人以外誰も困らない、のが共通点で、続かなくてもいい、とも言える。それをしなくてもいい、と本人が心の底では思っているから、続けない。本当に必要で本気なら、それがしたいなら、続くのかなと。かといって気合い入れまくっても先細りで後が続かない、というのでは困る。以前、ブログを続けるコツはと訊かれた時、コツってあるかなと一瞬、???となりました。気合い入りまくってる訳じゃなく、かといって更新できなくていっかーとは思ってないし、更新できたらなんでもいいとも思ってない。ブログをスタートした時から変わらず一貫して、数か月分のストックを持ち、先々までの予約投稿をしておくことと、楽しむこと。これかなーと。風邪をひく等、体調を崩したり、数日間ネットを見れない状態でもコンスタントにアップできるよう、転ばぬ先の杖で準備していつつ、今に集中する。体調を崩しているなら元に戻すことに、どこかに出かけたなら出先を楽しむ。毎日その日にアップするのもいいと思うし、それが向いている人もいるかもしれませんが、私の場合、余裕を持つ意味でも、その日その日の予定や気持ちや体調に振り回されることのない今の方法が合っているなと思います。実際の姿の自分以上によく思われたいとか、競争したい気持ちがないので、人に対してではなく、自分に対して心の中で自分を鼓舞する言葉をかけているかもと気づきました。このままじゃないし、こんなもんじゃないから、もっと頑張る。未来の私、今の私を見てろよー^^という感じ。自分で自分に火をつける闘志=やる気スイッチが入った時の自分が、とことんとこつこつの両方で進む過程が好きです。悲壮感とか〇ぬ気でとか根性論じゃなく、そうするのが楽しいからする。自分に良い習慣を取り入れる。淡々と、気合いを入れすぎず、完璧主義でもなく、それ自体を楽しむ。肩に力が入りまくっていたり、どうしてもこうするという執着があると、続かない気がします。少しでもうまくいかないとすべてを壊そうとしたり、ぐちゃぐちゃにしたり、何もしないでいようと投げやりになったり、ということが昔からなくて。間違ったらやり直せばいいし、少し仕損じたからといって、自らの手ですべて台無しにするのは、大人になった今の自分が言語化するなら、傲慢というかひとりよがりだなというような気持ちがありました。ブログ以外にも続けていることはいくつかありますが、そのどれもが気合いや努力とかじゃなく習慣だなと思います。もっといろんなことやすごいことを何十年も続けてる方からしたら私はひよっこだし、とぼしい経験だとは思うのですが、私なりに考えたところ、継続してる人や、得てない人からしたらそんな体になれたり成績を残せたりしてすごいと思う人達は、きっと努力を努力だと思ってないか、根性論じゃなく、それ自体を楽しみ、自分にとって良い行動を習慣化してる人、だと思います。つらいとか、面倒だとか、やってやるという力みがあると、続かない。どこかに無理が出るか、途中でやめてしまうと思います。相手があることならNOと言われたり。無理せず、かといって全く負荷がないと筋トレで筋肉がつかないのと同じで、少し負荷がある状態で、良い習慣にして継続する。継続するコツはこれかも。。