たとえばこんな未来 ~パートナーシップについて~

たとえばの話

あなたが仕事にいく
わたしも仕事にいく

どこかでも自宅でも

会いたいときは会いたいといい
お互いそう思えたら会いに行く

それはお互いの家
それはお互いの行きたいところ
それはふたりの家かもしれない

あなたに何かあったなら
わたしはすぐに駆けつける

わたしがたおれてしまったら
あなたが寄り添っててくれる

あなたが病にふせったら
わたしはそばで看護する

それはお互いの
気持ちでのつながり
愛からのつながり

—–

もしも
事情や思い込みで

つながりたいのに
つながれないのならば

気持ちでつながる
愛でつながる

それだけでいいのではないか
それがいいのではないか

ほかの人に理解されない
それでもいいのではないか

誰かが反対する
それでもいいのではないか

あなたとわたしが
一緒にいることで
幸せならば

あなたとわたしは
世の中に貢献することができる

その姿から
様子から
成すことから

まわりの人も幸せにできる

—–

依存はよくない
そう聞く

だがお互いが納得した状態ならば
それのなにがいけないのだろう

甘えたい人がいる
甘えてほしい人がいる

甘えすぎなほど愛されたい人がいて
これ以上ないほど愛したい人がいる

片方がすごく愛したいならば
片方はきっとすごく愛されたい

それを依存と呼ぶならば呼べ
そう思うのだ

たしかにそれが怖いとか
これじゃダメなんじゃないか
と思うのも分かる

だが、その思いが強いあまりに
今の自分を否定しすぎるくらいなら
ダメダメだけど自分はこうなんです
と言ってみたっていいんじゃないか

これはキケンな思想だろうか
いいえそうは思わない

状態を指す言葉はあるが
その言葉に状態をあてはめないこと

依存も自立も
世の中にある言葉にすぎない

言葉のイメージや
まわりの解釈ではなく
あなたとわたしが解釈すればいい

とことんまで向き合ったら
自然とちょうどいいところにおさまる

ほんとうの知性とは何か

それはすべてを受け入れるために
そう解釈できるために備えるもの

言葉遊びや限定
自らの正当性アピールのために
使うのではなく

すべてを受け入れ
すべてに光を見出し
それが幸せだと気づくために
知性はあるのだ

—–

たとえばの話

あなたがいてわたしがいる
わたしはあなたが好きで
あなたもわたしが好き

そしてふたりが
より強く大きな愛を持つ人に
なれたとき

理解してくれなかった人も
反対していた人も
安心してくれるような
応援してくれるような

そんな状態になるかもしれない

ならないとしても
あなたとわたしは幸せだ

気持ちでつながっているから
愛でつながっているから

一緒にいることで
心がつながっていることで
すでにふたりは幸せだから

たとえばこんな未来
いいんじゃないかな

そう、
たとえばこんな未来

ふたりのこんな未来

 

 


詩のように書いてみましたが、
なにが一番大切かを考えて、
それを大切にする、という
シンプルなことが言いたかったんです。

今ある制度としての良さもあるし、
それがフィットしないと思うなら、
あらゆる枠から自由になり、
ふたりが納得する形での
パートナーシップが築ければいい。

入籍、結婚することで得られる恩恵、
それが良い頑張りにつながることも
あります。ほんとそれぞれだなと。

入籍するか、事実婚がいいのか、
同居、別居、通い婚、週末婚、
どのような形であれ、
ふたりが出会い、ふたりが想い合い、
ふたりで出来ることがあれば、
力を合わせてそれをしていく。

何をせずとも、ふたりでいるだけで
ふたりが心でつながっているだけで
幸せならそれもいい。

大事なのは、世間や他人の目ではなく、
自分たちがどうしたいのか、
どうありたいのか、ということ。
そのためにはまず、自分が自分を深く
知らなくてはなりません。

何を心地よいと思うか。
誰かと共に生きるなら、
どういう価値観を共有したいか。
なにがいやで、してほしくないのか。

そういうことを自分に訊き、
相手に訊いて、ふたりで納得できる形、
生活スタイルを作っていく。

恋愛に限らず、
誰かと人間関係を構築するためには、
信頼し合うことが必要になりますよね。

自分を知って認め、信頼する。
それができたふたりが信頼し合って
一緒に生きていく。

厳しいことを言う時があっても、
それは愛からであってほしいし、
思い通りにコントロールしようとする
のではなく、自分や相手のそのままを
受け入れ、特性がのびていくように添う。

人は違うからこそ素晴らしい。
自分以外の人は「自分じゃない」という
一点だけで尊重し、尊敬に値する人だ、
と思います。

親子でも、恋人でも、夫婦でも。
誰かのものという人はいなくて、
それぞれが自分と同じように、
自分以外の人を大切にしながら、
自由を、価値を、存在を尊重して
生きていく。そういうものだと。

いわゆる「ふつう」からはみ出すくらい、
何かが強すぎる、何かが欠けている。
それをダメだと思っているのは自分だけで
自分を愛してくれる誰かにとっては
それがいい、という部分かもしれない。

だから、一見マイナスに思えるところも
まず自分が受け入れ、隠さず出してみると
そこを受け入れて愛してくれる人がいる、
そう信じてみるといいって思うんです。

違いを認め、面白がる。愛おしむ。

ふたりにとって
一番大切なことを大切にできるなら、
どんな形でもいいんだと思うよーと、
言いたくて。

人との調和や化学反応を楽しみながら、
みんながそれぞれオリジナルで素敵な
パートナーシップを築いていけたらいいな
と願っています。