写真という表現言語

表現言語として
日本語を使える自分は、
とても幸せだなと思う。

日本語は、
独自で豊かで複雑で繊細で
シンプルで、美しいから。

そして、
それと同じかそれ以上に、
写真を表現の手段として使える
自分は、なんて幸せなんだろう
と思っている。

言葉にできない気持ちも、
言葉では表せない気持ちも、
その時の空気も、
相手の心も、自分の心も、
過去も今も未来も。

全部1枚の写真の中で
表現することができるから。
(そうしたいと思って撮ってる)

プライベートでもそうだし、
仕事でもそう。

喜びの感想を頂くと
カメラマン冥利に尽きる。
とっても嬉しい。
喜んでもらえるのが喜び。

お客様の大切な一瞬、場面を
切り取って撮る。
それがずっと残る。
大切な想い出として。

責任を感じつつ、
やはりそれは大いなる喜び、
なのだ。

「幸せな仕事ですよね、
カメラマンって。」
そう伝えたことがあって。

思わず出た言葉なんだけど、
自分のその言葉を思い出して、
うんうん、そうだーと^^

いいな、と思った瞬間、
美しい、と感じた瞬間、
体は自然に動き、
シャッターを切っている。

カメラという相棒が、
被写体さんの表情や動き、
私たち撮影者の気持ちを繋ぐ。

あなたの大切な一瞬、
想い出を撮らせてほしい。

技術と感性の両翼で
切り取ったそれを、
ずっと残る想い出の証しとして
お納め頂けたなら幸甚。
喜んで頂けたならさらなる喜び。

写真という表現言語を持つ
カメラマン・フォトグラファー
という仕事に就く私たちは、
つくづく幸せ者だなぁと思う。