相手に矛盾を感じた時の考え方 ~すべては良い方へ流れていると信じる~

日々、自らを取り巻く状況や
自分の気持ちは刻々と変化している。

思考を深め、練っていく中で、
それに伴う修正の行動が早ければ
早いほど、

自分の中では、
整合性がとれているつもりでも、
人からしたら
「あの時ああ言っていたのに」
などと、矛盾を感じさせることが
あるかもしれない。

昔、知人が「〇〇ってAだよね」と
言っていたのでそう理解していたら、
しばらくして真逆のBにしていたので、
「あれ、Aって言ってなかったっけ?」
と話すと、
「そんなにずっとAな訳ないじゃん。
Bにもなるよ」とのこと。

その時は「えーー」と思ったが、確かに
自分にもそういうことあるかもな、と
納得した。

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以来、人と接していて、
「あれ、確か前は・・」ということが
あっても、
きっと状況や気持ちが変わったんだ、
と思うようになり、合点して、
矛盾を追求する気もなくなった。

矛盾はこちら側の言い分で、
当事者にとっては自然なことなのだと。

そして当事者も、
自分の気持ちの変化の理由を
把握できてないことだってある。
もちろん、私にもある。

なので「ん?」ってことが起きた時、
基本、良い方に解釈するようにしている。

あの時こう言っていたけど変わったのは
きっと、何かが良い方へ転がったんだな。

良い方へ向かっているんだな、
という具合に。

経緯は後で自然に分かるか、
説明してくれるのかもな、と。

だから、突然何かがあっても、
それが意外なことであっても、
余り驚かないようになった。
(たとえ驚いても、その状況をわりと
すぐ受け入れられる、という意味)

サプライズってギフトだと思うし、
なんだか面白いから。

ただ、前に、
仕事の指示で矛盾を感じ、「ん?」と
思っていたのが、後で、
「振り回したいだけだったのか」と
分かった、ということもある。
(意味不明のこともあるw)

それに気づいた時、
思った以上に自分はすり減っていて、
もう情けや良い解釈をする余地が
残ってなかった。

たぶん、気持ちは「おかしいぞ」と
信号を発しているのに、勝手に
「自分がいけないんだ」と思いすぎて、
無駄に消耗していたのだろう。

でもそういうマイナスはごくわずか。
常軌を逸している場合は除き、大体は、
良い方への解釈で間違ってない。

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私は以前から人に 「素直」「朗らか」と
言われることが多かった。

ようやく自分でもそれが長所だと自覚する
ようになってきた。
そして、だめな部分も隠さないようにした。
というか、あえて出してみた。

一番出したくない自分を出し、
苦手だと思っていたことをしてみた。
思い切って。

恥ずかしくてもいいじゃん。
どうして自分は・・って思ってしまう、
そんな自分もよしとする。
弱みをみせたっていい。
負けたっていい。

そうしたら、とてもラクになった。
そして、そんな私をよしとしてくれる人
がたくさんいた。とても嬉しい。

今の私は、良い状態だと思う。
良い状態で良い思考を持てば、
良い行動に繋がる。これを保つ。

その途中で、
接する人に矛盾を感じさせたり、
誤解されたりした時は、

言わなくていいか・・ではなく、
手間をかけて説明(補足)し、その都度、
生じそうな疑問はクリアにしておきたい。
それには感じる力が必要になる。

そして受け取る側になったら、
矛盾を感じても何か訳があるのかも・・と
長い目で見守るというのも必要だと思う。
これにはむやみにおそれず、
楽観的に信じる力が大切だ。

そして行動する当事者の自分の立場では、
考え、感じ、行動するということを、
より深くスピード感を持って実行したい。

そして何より、
すべては良い方へ流れていると信じる。
まずそう信じることが大事なのかな、
と思っている。

そうしたら、
途中の矛盾なんてどうでもよくなり、
こうなったらいいなという少し先の
幸せに、いつのまにか辿りついている
のではないか。

相手の矛盾も自分の矛盾も受け入れ、
流し、結果オーライでいけばいい。。