沈黙という名のキャンバス ~なにを描くかが大事~

やり取りしていて、
返事が返ってこないとき。
相手が黙ってしまったとき。

ずーっと昔の私だったら。
不安になって、こう訊いたかも
しれません。
「なにを考えているの?」って。

あ、でも実際は、答えを聞くのが
怖くて、悲しくなって、結局、
何も言えず、黙ってはなれた記憶が。

どちらにしても沈黙を
良い意味では捉えていませんでした。

「沈黙」が怖い。
「沈黙」が悲しい。
「沈黙」は拒絶。

そう解釈する人も
多いんじゃないかと思います。
むかーし昔の私みたいに。

でもね、自分がいっぱい考えて
頭の中を整理したいと思った時に
気づいたんです。

沈黙は、
前向きに検討するために必要な余白。
何も描かれていないキャンバス。
みたいなものかも、と。

私はライターですが、
いざ自分の私的な場面で、
大事なことを伝えたいとき、
言葉がなかなか出てこない、
ということがあります。

大事なことであればあるほど、
心に大きな影響があればあるほど、
すらすらとは言葉にできなくて。

いったん寝かせたり、
いったん寝てみたり(笑)、
受けた言葉や相手の想いを、
じっくり咀嚼して、
そこから生まれた自分の感情を、
相手に伝えたい言葉にし、
伝わるかどうか想像してみて、
そこからようやく伝えてみる。
反応やいかに。

という流れです。

複雑な言葉は使わずに、
できるだけシンプルに。

直接お話できたらいいですが、
会えないならメールになります。

エネルギーと時間を使う場合、
相手を待たせてしまいます。
そこで出てくるのが「沈黙」です。

相手が「沈黙」を差し出したとき、
「沈黙」という名のキャンバスに
なにを描くかが大事なんじゃないか、
と思うんです。

きっともう関わりたくないんだ、
きっともうはなれたいんだ、
きっときっと・・・。

そう、その「きっと」は自分の想像。
相手に確かめない限り、
分からないこと。
「かもしれない」ことなんです。

しかも
その可能性の高低も分からない。
揺れている気持ちの時なら
なおのこと。
冷静な判断が難しくなります。

疑心暗鬼の暗い色で、
悲しくなることを
キャンバスに描いてしまっています。

同じ「きっと」なら。

きっと
今最善のことを考えてくれている、
きっと
よりよい未来を想ってくれている、
きっときっと・・・。

そうなったら嬉しい
「かもしれない」を、
想像してみる。

天衣無縫な楽観主義で、
明るい色を「沈黙」のキャンバスに
塗っていく。
同じ「沈黙」なら、
楽しい絵を描いて待ってみる、
というのはどうかなーと。

最初は難しいかもしれません。

どうしても心が揺れて、
そうなってほしくないからこそ、
マイナスのことを
考えてしまいそうになる。

その気持ちも分かります。
私もそうでしたし、
今もつかれている時など
そうなることも。

でもでも、それも今までの癖、
習慣だと思うんです。

なにかのタイミングで
切り替えてみる。
できたらで構いません。
意識してみる。

そうしたら少しずつ、
楽しい絵を描く癖がついてくる、
かもしれません。

今はじっくり考えたい、
沈黙したいという相手を受け入れて、
自分は自分で自分が喜ぶことや、
嬉しいことをしながら待つ。

「沈黙」という名のキャンバスに、
好きな絵を描いて。
もしくはなにも描かないで、
そっと壁にかけておいても
いいのかも。

その間、
あったかいココアや紅茶などいれて、
おいしいクッキーでもつまみながら、
ぼーっとしてたら
いいんじゃないかな。
・・・なんて思うんです。

きっときっと。
その「沈黙」は、
嬉しい贈り物をもたらしてくれる、
という気がします。
あなたがより幸せを感じられるような。

それが相手と一緒に共有できたなら、
さらに幸せ、ですよね。

そして、
最近もうひとつ思うんです。
こういうことは、
それこそ個人差があるので、
もし、気持ちが揺れがちで、
ネガティブに捉えてしまう、
ということが多い場合。
相手にそれを伝えてみるというのも
いいかもしれません。

それか、
相手がそう考えがちかもしれない、
とこちらが感じたら、
相手をよく見ていて、
なにか自分から伝えられることは
ないか考えてみる。

どちらがいい、わるい、じゃなく。
どちらが上でも下でもなく。

ただ、そういう性質だったり、
そういうときだったり、だと
思うから。

自分と相手が
より安心していられるために、
協力する。
できるだけ歩み寄る努力をする。

だって、
今は大丈夫と思っている自分も、
いつネガティブになるか分からない、
と思うんです。ほんとに。
(私も以前、うつっぽくなったこと
あったので。
今の私からすると信じられないかも
しれませんが・・・。)

わたしはあなた。
あなたはわたし。
そう思って、いたわりあって、
すごしたい。

そうできたら、
「沈黙」だって怖くないし、
悲しいものじゃないし、
むしろ、大切な余白、
後からふりかえってみれば、
愛おしい絵、になるかもしれない。

のんびりゆったりかまえて、
「沈黙」も、そっと受け入れてみる。

沈黙したい相手のことを
待つともなく待つというような。
気にかけてはいるけど、気にしない、
という感じで。
それで返事がこなくても、
こない返事、を受け取る。

それでいいんじゃないかな。ダメ?
いいってことにしちゃいましょ。ね^^

それくらい、ふんわりゆるく、で
ちょうどいいんだと思います。