真心を捧げる ~見返りは存在だけ~

私は決めた。

それは、
いろんな出来事で揉まれ、
揺れた結果、より強くなり、
定まった想いだ。

この心境に至るまで、
本当に苦しんだ。

それらの出来事はどれも
偶発的な「外的要因」だと
思っていたが、
今の私はそれを「内的必然」
だと考えている。

私が私に必要なものを知るため、
誰になんと言われてもこうする、
と決意するため。

何より、
私が私自身を愛することの
重要性を知ることができた。
これはとても大きい。

ここから私は、
全く違う心境になれた。

誰のせいでもなく、
その状況や環境に身を置いたのは
自分であり、それを選択し、
責任と結果を受け取る覚悟を
持ったのも自分。

自分主体で選択し、行動する。
これが自分の今後に必要だった。

——

それで私は、
私にとって一番大切なものに
真心を捧げると決めた。

今までもそうしていたけど、
改めて、私が望んでそうしている、
とはっきり自覚した。

だから、
それがたとえ人から見たら
「なぜ?」というようなことでも、
そんなことしてどうするの? と
言われても、平気。

動じないし、変わらない。

私にとってはもっとも大事で、
価値があるから。

出会えて本当に良かった。
また今世も生まれてこれて
良かったと思えるほどに。

真心を捧げてもとどかなかったら?
分かって貰えなかったら?
そう問いかけることもあった。
だけど、それでも、
そうすると決めた。

なぜなら、
存在してくれているだけで
もう十分な見返りを得ているから。

楽しく暮らしてくれたらいい。
元気でいてくれたらいい。
生きていてくれたらいい。

何をしてくれるから、
良いところがこんなにあるから、
だから・・とか、
そういう次元じゃなくて、
ただただ、
いてくれて嬉しいという気持ち。

—–

人は、愛されたいと同時に
愛したいのだと思う。

成熟していけばいくほど、
成長していけばなおさら、
そうなるのかもしれない。

思いきり愛したいものに出会える。
これほど幸せなことってあるかな。

出会えたのだから、
あたたかな愛を、
純粋な真心を、捧げたい。

見返りなどいらない。
見返りはもう得ているから。

存在してくれている、
ただそれだけでいい。

基本はこれ。

ここに、人間だから
少しは欲がくっつく。

ずっとそばにいたい、
私だけを見ていてほしい、
できたら一途に愛してほしい、
安心を与えてほしい、
などなど。

これらが叶えられたら、
やっぱり嬉しい。幸せ。
人間だから。

時には、
それを伝えてもいいのかな。

抑え込みすぎるのも、
自分や相手を信じていないことに
なるから。

——–

ありのままの自分でいるのは、
わがままではなく勇気がいること。

ふだん常識的なことをわきまえて
生きている人なら、なおさらそう。

それを頭に入れておけば、
正直な気持ちの発露と同時に、
相手からのそれを受け取ることも
自然にできるだろう。

一途で誠実な態度、
過去に告げたことに加え
今とそれ以降にまで責任を持つ言葉、
そして真心を捧げる。
純度の高い真心を。
見返りは存在だけ。

このスタンスで生きていく。

 

 

 

I dedicate true heart -sincerity-
to beloved you…

in “Greenery Day”
Miho(*‘ω‘ *)