人の話を聞いて怒りを感じだしたら引き時~相手の心の力を信じる~

相談されて話を聞き、
自らが思うところを述べる。
相談してきた相手にそれが
伝わるときもあるし、
伝わらないときもある。

伝わらないのは仕方ないし、
伝わっても相手がどうするかは
相手が決めることなので、
これも自分とは関係のない話。

だが、相手を思うあまり、
相手が自分の思いや提案を
受け入れなかった時に怒りを
感じ出したら、それはもう、
その話や相手と距離をとるのが
ベストだろう。

怒りは、
伝わらないもどかしさ、
分かってくれない悲しさ、
というのもあるけれど、
相手の抱えている問題を
自分の中に取り込みすぎ、
思いの中で自分ごとにして
しまっているせいだと思う。

以前見かけたのが、
介護生活を綴っているブログで、
ブログ主さんは淡々と綴ってる
んだけど、読者がヒートアップ
して論争になっているもの。

ブログ主さんに共感し、
もしくは自らの古傷や後悔が再び
顔を出したかして、読者同士とても
感情的なやりとりになっていた。

(それがほんとに多かったので、
もしかしたらそれも想定内で、
そのことで多少ブログ主さんの鬱屈が
昇華されている部分もあったのかも
しれないと思ったりしたけれど…。)

自分や家族、家族同然の人以外の事で、
話を聞いて怒りを感じ出したら、
それは引き時。

怒りを感じ、心や体調に異変が
出るようならなおさら。

相手の問題は相手の問題。
ふみこみすぎないのは、
双方にとって大事。

大切な人からの相談は、
「最終的にこの人はこの人なりに
幸せになる選択をしていくだろう」 と、
相談してきた相手の心の力を信じ、
そばで見守るような気持ちで
聞けたらいいなと思う。

 

 


話を聞いていて、厳しい意見を言いたくなることがあれば、相談といって話してくる以上、(遠慮がちにでも)それを言ってもいいのだろう。だが、その人に共感できなくても、最低限の優しさは持っていたいなと思う。優しさといっても、口当たりの良いその場限りのその場しのぎのことを言えというのではない。自分と考えが違っていても、その人自身を否定する、寸鉄人を刺す、というような強烈な言葉は避けたいという意味で。毒舌は自身の批判精神や苛立ちを最短距離で示すもの。痛快な時もあるし、歓迎されることも多いが、真剣な悩みについては特に、頭を使って言い回しを考えて伝えたいなと思う。。