絶景!千鳥ヶ淵の桜、お手製いなり寿司

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

ほんとは丸ごと買うつもりでした、お弁当。

でも、夫がいなり寿司作ってと言う+やる気スイッチが入った。

ので作りました。

写真は、お手製いなり寿司10個です。

作ったといっても、おあげさんは買ったものだし、ほんと簡単。

中は雑穀米にちりめんじゃこと白ゴマのふりかけを混ぜたもの。
これを持ち、おかずは伊勢丹で購入して出かけたのが・・。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

新宿御苑。今月初めの週末です。

友人夫婦と門のところで合流し、いざ!と入ってみたら、こんな感じ。

そりゃそうだ~、だって満開で週末。

今日来なくていつ来る!という日ですもんね。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

おいなりさんが好評で良かった・・。

作ってパックに入れ、身支度したらすぐ出発。

味見する暇も余裕もなかったもんで。

功績のほとんどは、買ったおあげさんです(笑)。

気持ちだけは込めました。おいしくなぁれ~と。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

新宿御苑を後にして向かったのは九段下。

有名な千鳥ヶ淵の桜を見るためです。

見事だという評判は知ってましたし、テレビでも見ていました。

でも実際にこの目で見るのは初めて。

友人のだんな様の案内で、まず九段下の駅を下りて歩きます。

うわっ。

桜を見る前に人の多さを目にして思わず声が出る・・。

いずこも同じ、です。

人の波に身をまかせ、少しずつ歩くと左側に見えてきました。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

咲いてます。橋からの眺め。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

菜の花も。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

見上げると桜。

少し曇った空に溶けそうな桜の花。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

青空に桜、も文句なく良いものですが。

曇り空に桜、というのもまた、良いもんです。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

堀のカーブと降りかかるように咲く桜の花・・絶景!

ザ・日本、とでも言いたくなる光景です。

私達が歩いてきた道も桜のアーチになっていました。
体中で桜を感じながら歩く・・なんとも贅沢な時間です。

声を発し、声をなくし、ただひたすらに感動しながら歩きました。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

この日は少し風が強いとかでボートはお休み・・。

通り過ぎた後しばらくして、営業開始になったようです。

桜の花を見る。

花を愛でるだけでなく、目出度さをお祝いする意味もある・・。

花見は日本人の大好きな行事です。

これは理屈じゃない喜びだなと思いました。

生きること、限りある命をいとおしむ気持ち。

それがぎゅぎゅっと凝縮していて、涙が出るほど胸に迫ります。

浴びるように見ました。撮影より自分の目で心に留めた感じ。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

さてさて。

桜を堪能した後は休憩。

市ヶ谷駅近くのプロントでお茶することにしました。

これは夫のキャラメルラテ。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

私はチャイを。

友人夫婦はアイスコーヒー。

4人でわいわいと、のんびりと。

お茶でしめて解散~。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness

あ~楽しかった!充電できました。

桜よ、ありがとう。感謝しています。また来年会おうね。

ありがとうございます。

ありがとうな毎日 seeding of the happiness 千鳥ヶ淵・・ほんと良かったです。これは毎年見に来たい、と夫とも話しました。名所は人も多いし、新鮮味が・・という人もいますが、名所あなどるべからず。基本となる場所、名所といわれる場所はやはり多くの人から賞賛されるだけの魅力があります。アレンジするなら名所を味わった後で。「先達はあらまほしき事・・」と兼好おじさんも言ってますが、今回は友人のだんな様が案内してくれたおかげで、九段下駅から靖国神社まで余すところなく桜を楽しめるコースをたどることができました。有難い限り。素晴らしい一日でした。。

~ある日のつぶやき~

我が家は、夫と私の食の好みがほぼ正反対。私が大好きな魚介類は夫がダメだし、お肉大好きな夫に対し、私は肉全般(特に脂身)が苦手。そういうことをふまえて献立を考えると、鮭や鶏肉など二人の好みが一致した食材の登場回数が多くなる。自分が苦手なものは最初から作らないのだが、私が食べたくて夫にも食べて貰いたいもの、は時々何気なく作って出して、様子をうかがっている。先日のカキ(牡蠣)は受け入れて貰えなかったけど、数年サイクルで思い出したように作ると、「これ苦手だからもう作らないで!」と語気荒く言っていたのがウソのように、すんなり食べてくれることが多い。こういう時はやったー!という気分になる。でも、「それ、前に作ったら、もう作らないで!って言ってたメニューだよ」と誇らしげに言うと、大概は「そんなこと言ったっけ?」というなんとも拍子抜けする答えが返ってくる。年を取るというのは、こだわりが強くなるのかと思ったけど案外薄れていくものなのかも。どうでも良くなるのかな・・。でもそれならどんどん苦手枠がなくなっていくのだから良いことだ。そしてそんな中でも強固に苦手なものなら、それはもう無理強いできないってことか。。